これを書いている今日は4月1日。今日入社式だったのだが、あいにくの雨だった。新たに始まることに対して億劫と思う気持ちより、根拠のない全能感がどこからともなく湧き出ていた。自分だけが見えない道を歩いていた。心と体がまるで別々の場所にいて、互いを知覚していた。数日後には、この気持ちはもう忘れているだろうが、どうにか、この残り香を残したかった。
大学のイツメンと別々の進路になったことは、本当に寂しい。卒業式やその前の飲み会では、対して思うこともなかったのだが、今になって急に溢れ出てきてしまった。後悔先に立たずとよく言うものだが、それは無理な話だと思う。現在おかれている地点を把握するには、これより先の場所から見通さなければならず、そんなことはできるはずもないからだ。それに対して、不変はやはり美しいから好き。何も変わらない日常と関係、環境。いつまで続くのか、いつから始まり続いているのかすら考えなくてもよい時間。小さな波にのって、同じ箇所を行ったり来たりする日々は、今思うと本当に幸せだった。ゼミに配属されてからは少なくなってしまったが、それまでは、同じ課題や試験を一夜漬けで乗り越えたり、俺が終電を逃したら、始発までカラオケで付き合ってくれたことには、感謝してもしきれない。今日で、すべての関係が終わるわけではないとは頭では理解していても、やはり寂しい。悲しい。
長く続いた不変を失ったからこそ美しいのかもしれない。春の桜も夏の花火も瞼を閉じたその一瞬の時で輝き、失われるものは、儚く美しいと言われる。それは間違いじゃない。ただそこで感動は、それらの寿命同様短い。
この3か月間は、時間を意識する必要がなかった。とても生きやすかった。これからはまた元通り、時間に縛られて生活しなければならないのは、本当に苦痛。これだけの時間を費やしたのだから、この程度は身にしなければならない。これだけの能力をつけたいのだから、このくらいの時間を消費しなければならない。これは、正直もうやめたい。これで物事が良い方向に進めばいいのだが、そうでない場合に、二元論に陥るのをやめたい。
何かをするのに正当で、論理が破綻せず、理性的な理由を持ったほうがよいという慣習はごみでしかない。理由は後付けでしかない。逆に、最初から結末を知っていたら、その道を進むことを選択するのかという話。
毎日アニメ健康生活 二月末ぐらいから見たアニメ
見ることを習慣にさえしてしまえば、案外勝手に続いてくもので、楽
新しい曲も2個知れるからお得
・呪術3期
・地獄楽2期1期
・魔王の娘は優しすぎる!!
・ダンダダン
・帝乃三姉妹は案外、チョロい。
・不遇職(鑑定士)が実は最強だった。
・死亡遊戯で飯を食う。
・人外教室の人間嫌い教師
・ばっどがーる
・紫雲寺家の子供たち
・ガチアクタ
・SAKAMOTO DAYS
・真夜中ハートチューン
・ちゃんと吸えない吸血鬼ちゃん
・超かぐや姫!
・9-nine- Ruler's Crown(一話だけ見れないのはなんでなの)
・カヤちゃんはコワくない(見てる)
何はともあれ、ブログは書き続けるべき。